#1 目が覚めて
くっ…!こんな相手に俺達は立ち向かってたのかよ…!
ダメだ…!
うわわっ…!
〜〜〜
目が覚めると、巣のような場所で眠っていた。全身が痛む。
鞭打ちの身体を起こし、その狭い場所を見渡す。
天井は葉で覆われ、隙間から差す日射しが心地よかった。
奥には出口と思しき穴があって、光が見える。
這って外へ出た。
知らない場所だった。草むらがあり、川が見え、木々は生い茂り…
あれ?違和感がある。
知らない場所?だって…
何も思い出せなかった。何故こんなところにいるのか、それがいつなのか、果たして自分が何者なのかも。
頭が痛い。目眩がする。
朦朧とする意識の中、記憶を引っ張り出していると、話しかけられた。『俺』は驚いた。
「あんた、目が覚めたの!」
「お、おう…」
俺を知っているような口調だ。
「あんた、名前は?どこから来たの?」
「実は…」
『俺』は『俺』が誰か分からないこと、どこから来たのか思い出せないことを告げた。
「典型的な記憶喪失ね〜。まああんた、2年もこうやって眠ってたからね」
なんと、まあ。
この近くの森で、氷まみれで空から叩きつけられたようにして倒れていたのを、
このオカンネとその家族が介抱していてくれたんだそうだ。
「ありがとうございます。で、ここは一体?」
「ここはね、5番道路だよ」
「…?」
駄目だ、やっぱり思い出せない。
「あんた、見ない顔だけど…。やっぱりイッシュのモンではないようね」
イッシュ?どうやら地方の名前のようだ。
「もうちょっと休んでてもいいよ。無理は禁物さ」
有難い。暫く休もう。
そう思った矢先、オカンネにそっくりな奴が慌てふためいて走ってくる。
「ママ…!お姉ちゃんとパパが!」
こいつはオカンネの子供らしい。
「ペンドラー達に捕まっちゃった!」
「なんだって!」
ペンドラー…勿論ピンと来ないが、大変な事態のようだ。何か手伝えないか…
と、考えていると、虫のようなポケモンが何匹か押しかけ、
「オラオラ!ここがタブンネ一家だな!娘と親父を返して欲しけりゃ木の実を寄越せ!」
と吠えた。
小さな図体ながら、威勢が良い連中だ。
オカンネも負けられない。
「フン、あんたらなんかにくれてやる木の実も、家族もないんだよ!」
言いながら、オカンネは体当たりを繰り出した。
小さな虫ポケモンは次々にノックアウトされ、退散していく。
「いてて…」
「女のくせにやりやがる!」
「ここは退散…って、あ!」
「「ペンドラー様!」」
「あんたが親玉だね、娘と夫は返して貰うよ!」
オカンネは炎を吐き出す。
ペンドラーは図体の割に動きが早く、あっさり避けてしまった。
「雑魚共が調子に乗るなよ!雑魚は強い奴にひれ伏せてりゃいいんだ」
ペンドラーのタックルがオカンネを直撃する。
オカンネは吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
周りの虫ポケモンが嘲笑する。
「あははは!よえー!」
その様子を見ていた『俺』は、無意識の内に喉が震えていた。
「おい」
あたりが静まり、注目が『俺』に集まる。
「弱い奴ほど束になりたがる…そうだろ」
「おいおいおい、2年もおねんねしてた奴が、何を言うかと思えば、『弱い奴』だってぇ?
ここにいるのはな、俺が勝ち取った部下、息子、仲間なんだよ」
どうやら2年も寝ていた流れ者、でこの辺りでは『俺』は有名らしい。
「その仲間も可哀想だな、こんなことに付き合わされて」
「うるせー!なんだよお前!」
ペンドラーが突進してくる。速い。だが。
少し集中してみると、『俺』の眼にはまるで止まって映るようなのだ。勢いだけの、隙だらけの雑な突進フォーム。
反撃など容易かった。
ゴスウッ!
物凄い音が鳴り響き、ペンドラーは一瞬の内に倒れる。
「ぐわあああああっっっ!」
脇腹に信じられない痛みを覚えたペンドラーは、もがくしかない。呼吸もままならない。大して力も入れていないような気もするが。
「よくこれでリーダーが務まるよなぁ」
「あ…ウウゥ、うるせぇよ!こんチキショウ!」
立ち上がりと同時に、蹴りを入れた。
蹴りは頭に命中し、そのままペンドラーは泡を吹いて白目で倒れた。
ペンドラーの呻き声が鳴り止むと、辺りに暫くの静寂を生み、その後部下たちがこぞって逃げ出した。
「わああああ!」
「なんだあの野郎!」
オカンネも驚いていた。
「あんた…一体…?」
一つだけわかった。
記憶を失う前、相当の自信と、実力があったことだ。
タブンネ一家は改めて自己紹介をしてくれた。
一家の大黒柱『オトンネ』、しっかり者の姉『アネ』、ちょっぴり内気な『ムスコンネ』だ。
どこの誰かも知れない、目も覚まさないかも知れなかった『俺』を、2年も看病してくれていた家族に感謝しなければならない。
そして、記憶を失う前の自分の姿が、無性に知りたくなった。
というか、知らなければならない、妙な使命感を覚えた。
何かとんでもないことが起こる気がしたのだ。